パステルイラストの女の子 Blue Whale's House
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++words++  その(2)  その(1)  増えてきたらその(3)もいずれ。 

<その(2)です>
ようこそ!呟きのページへ。作者Masanaoが普段の平凡な生活の中で感じたことを、特に系統立てずに、ここでは描かずに書きます。読んでくださった方には一緒に考えてもらったらうれしい。デス。
「そんなくだらないこと考えて時間の無駄じゃ?」と云われても、構いませんし、多分やめません。それが私なのかも。。。
説明過剰ではありますが、上のほうが新しいものです。





(題名をクリックしてください。該当箇所までビュン!と一気にスクロールします。)
<黄金比とは数?掟?>20050710
<電子マネーのゆく先は?>20050214
<クラクション鳴らした?>20050210
<コントラスト? ようこそ!>20040625
<この度の不祥事を受けて、責任者を。。。?>20040625
<どうしてお別れするの?> 20040518

<そうそう!って誰か言ってくれないかなぁ> 20040428
<日本をスポイルするのはもうやめよう> 20040331
<Blue Whaleってね。> 20040312
<どーしても云いたい> 20040301



黄金比とは数?掟?>
今回、お便り下さった方から戴いたお題です。
これに関しては昔から気になっていましたので、
丁度いい機会ですので。。。

さて。
みなさん、絵はお好きですか?
きっとお好きですよね。
絵のサイトをご覧になっているのですものね。
さて、すると色んな局面で耳にする言葉と思いますが、
「黄金比」

黄金比とは一体なんなのか。
確か黄金比とは、こうしてああして。。。
と幾何学的に出された、ある一定の数値ですよね。
詳しくは書きませんが、1対1.6なんとかカントカ。。。
実際、無理数ですので、小数点以下が幾らでも続きます。
正確に知りたい方は、Googleかヤフーで
「黄金比とは」
と打ち込めば、詳しく説明されているページに導いてくれると思いますので、
やってみて戴くとして、
ここでは自分なりの感想などを。

ずばり、結論。黄金比は万能ではありません。

「短辺と長辺が黄金比を持つ長方形は、
長方形の中では、一番美しく見える。」
という説明を(確か小学校四年生のときです)初めて聞いたとき、
「え?そうかなあ。もう少し細長いほうが好みだけど。」
と感じました。
つまり、これが一番美しい、という
極めて主観的なはずの、
「美しい」
という概念が、数値で決められる?
そんな原理は絶対に無いはずだ!
と思ったものです。

これは想像ですが、
「先生〜 私には美しいと思えません。」
ともし言ったら、
「いいから、美しいのっ! さあ、次に行くよ。38ページを開けて。。。」
という具合になったんでは無いかな〜
そんな想像してしまえる程、
強烈な何か、あるいは雰囲気(いや、むしろ圧力?)を感じました。
(ちなみに、この事柄は、授業の中身ではなく、色んな分野を伝えたい、
という先生の熱意から出てきたものです。)

その感想を持ちながら、大人になりました。
(精神成熟度は未だに子どものまま、
という気がしないでも無いですが、
当時にそう考えたというのは、
既に大人のような気がしなくも無いですが。
そういえば中学生の頃から「オッサンみたい」
と言われていたなあ。)

で、そうしたら、 ですよ!
前に、(確か放送大学だったと思います。教授の先生の名前があいにく解りません。
ごめんなさい。どなかかご存じでしたら教えてください。)
テレビで、この黄金比の研究・調査の紹介がされていたのです。
それで、大ざっぱに言うと、
「黄金比の長方形を美しいと感じる人は、実は全体の一部でしかなかった」
という結果でした。
それを見たときは、
「ああよかった。自分の感覚が否定されなくて。」
と真っ先に思いました。
もう少し詳しく言うと、
短辺と長辺の比が様々である長方形を被験者に見せて、
「これら沢山ある中で、どのあたり比の長方形が、あなたにとって美しいですか?」
とテストしました。
すると、とっても細長いのを選ぶ人もいるし、
正方形を選ぶ人もいて、
つまり様々なわけです。
で、それらの比の加重平均を求めると、なんと黄金比にほぼ等しいと。。。

この研究をされた先生に感謝です。
この世のすべてに意味があると(ちょっとおおげさかな?でもそう思うのです)
改めて認識できましたので。
で、このことはどんな事柄にも敷衍していけると思うのです。
そういえば、最近は、マスマーケティングが通用しなくなったといいますよね。
「これさえおさえておけば、殆どの消費者を取りこめる。」
そういった考えはすでに過去のものになったと言うのです。

多様性をより一層認める世の中になって欲しいです。

ん? すでにそうなりつつあるかなあ?


筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2005/07/10>
ここをクリックすると、項目一覧まで、一気に戻ります。





電子マネーのゆく先は?>
私のサイトをご覧になっているかたなら、
いわゆる「オンラインショップ」でのお買い物をされたことがあるかもしれませんね。
そこではどんな支払い方法でしたか?
大抵はカード、でしょうか? 比較的小規模のお店だと、お店の口座に振込むケースもあるでしょうね。
最近当たり前になってしまった、お財布ケータイ、デビットカード、その他色々。。。
まあともかく実際の現金に触らずに、買い物をするという機会は、これからますます増えそうですね。
「電子マネー」
この言葉は、一般の世界からは遠く、どちらかと言うと、学術用語的な響きを、私は感じてしまいますが、みなさんはどのようにお感じでしょうか?
先に挙げた、カードや振込み、というのは、電気通信の仕組みを活用してはいます。
ですが、どちらかと言うと「為替操作」ですよね。
わざわざ、「電子マネー」という言葉が出てきたのは、特別な意味があるからです。
ちょっと話は変わります。
最近、偽札の事件が多数報道されています。
通貨偽造は重罪です。なぜ?
それは政府が認めていない処で、政府が認めたと同じ効き目の通貨が登場したら、政府、つまり併せて国民すべてが困るからですよね。確かにこれでは困ります。
さて、またまた話は飛びますが、オンラインショップ、或いは近所のスーパーマーケットでも構いません。
「何とかポイント」という、購買額に応じたポイントってありませんか?
特定のポイントをお店が発行して、(大抵はぺたぺたハンコを押すか、マネジメントをコンピュータにさせているお店だと、磁気カードでしょうか?)何か買い物をする際に、そのポイントに応じて割引したりする仕組みです。
みなさんも、何かしらお使いですよね?
それが例えば、パン屋さんのポイントだったら、もちろん、パンを買うのに役に立ちます。
ただし、そのお店でだけ、ですが。
パンが大好きなかたなら、これはこれで嬉しい。
さて、ちょっとお店は変わって、今度は八百屋さん。
ここだとどうでしょう?
小松菜から、カボチャ、お店によってはお味噌、なんかも扱っているかもしれませんね。
一人暮らしの若者でも、自炊が大好き、というかたには結構いいかもしれません。
そしてこれがスーパーマーケットなら?
はたまた、大規模なデパートだったら?
そしてそして。。。

さて、これが、デパートでなく、ポータルサイトだとしたら、どうでしょう?
ポータルサイトだと、それが大規模なら、品揃えはデパートの比ではないでしょう。
また、品数だけでなく、扱うジャンルそのものも広く、しかも今後はさらに広がるでしょう。

今まで「ポイント」と言ってきましたが、これは何か買い物をしたときに付いてきたものです。
ちょっと拡張して考えてみましょう。
そうですね。近い将来を想像しましょう。
何年か先の、とある日曜日。ある一室で。。。
仮に大きなポータルサイト、
「あさってポータル」
というサイトがあったとしましょう。
あさってポータルで、「お仕事」という項目があって、よく読むと、「報酬は当サイトのポイントで支払われます。」とあります。
その表現は見慣れませんが、他の求人記事を見ても、あさってポータルのポイントの文字がちらほら。
なるほど、労働の対価がここのポイントなのですね。
「でも、このポイントをもらっても、支払いがあさってポータルのお店への支払いに使えるの〜?」
その疑問に対して、ポータルサイトは「使えます」の答え。
「え? でも別に、毎週プラズマテレビ買う訳じゃないし、本だって、近くの本屋で中身を見てから買うしなあ〜。」
彼はこのあと、駅前の書店に出掛けます。
「ああ。この雑誌の特集、結構ページをさいているなあ。買っておこう。」
レジに向かいます。
そこで彼はびっくり!
なんとレジのそばに、
「お支払いは、あさってポータルのポイントでも可能です! ぜひどうぞ!」
とあります。
よく見るとレジのそばには、あさってポータルのホームページが表示されている端末が置いてあり、画面の右下には、「店内での支払いに使う」というボタンが点滅しています。
「そう言えば、気がついていなかったけど、あったような。。。」
さっき、自宅であさってポータルのポイントの事を読んだあとなので、すぐ気がついたのかもしれません。
彼は帰りの道を歩きながら、そんなもんかなあ、と呟きながら、でも大きなことに気づいてしまったようです。
「え!? もしかして!」
途中から走って家に戻ります。
慌ててパソコンの電源を入れ、あさってポータルに接続します。
「えーと。。。 どこだあ?」
彼が気づいたのは的中したようです。
「あった。。。」
彼は画面の中の<サービス>という項目のページに飛びました。
かれは予想が当たったことで、ただただ唖然としているだけ。
サービスの項目の中には、
<守る>(あなたに何かがあれば、急いで駆けつけます。何かが盗られた場合、盗んだ人物を特定し・・・契約方式=あさってポータルのポイントで、年間○○ポイント。資料請求はこちら。)
<助ける>(もし、火災が起きたときには、当社にいつでもご連絡を! あさってポータルのポイントで、年間たったの○○ポイント。これに○○ポイント加算で、怪我、病気の際に病院搬送の・・・資料請求はこちら。)
<暮らす>(他社よりグッとお得にごみ処理を・・・)
<暮らす>(現在の上水道の質に満足ですか? ぜひ当社にご相談を! たとえば・・・)
<住む>(南東角部屋!もちろん、お支払いはあさってポータルのポイントで可能。詳細は・・・)
彼は、駅に近いアパートに引っ越す予定でした。午前中に見た、求人ページで<履歴書を送る>というボタンをクリックしました。何故って、今勤めている会社は日本銀行券で給与をもらっていますが、引っ越したいアパートの家賃の4ヶ月分なんです。ところが、気になったその会社の給与額は、あさってポータルのポイントで、家賃の5ヶ月分なんです。


そんな絵空事!
って思います?
いやいや。
分からないですよ。
現代は想像を超えた変化が起きる世界。
どなたかは
「民間でできることは民間で。」
と言っていますが、
もしかして、そんなもんでは済まないかも知れません。
「電子マネー」
という表題で始めましたが、
紙のお金を用いずに価値を表現する事実は既に存在しています。
そしてもし、
変化が大きく、そして強く起き続けたらこの先は?



神様に、
「この先どうなるんですか?」
と訊いてみました。
すると神様は、
「それは絶対に教えられないよ。
でも、
どうしても、というなら、
あさってポイントをくれるかい?」


筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2005/02/14>
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クラクション鳴らした?>
こんにちは。
クラクション。ええ。あの自動車についているクラクションです。これをご覧の方で、クルマの免許をお持ちの方は、もちろん沢山いらっしゃいますよね。一度くらいありませんか? 自転車や歩行者の行動を、運転席から見て、「じゃまだなあ。」
で、ついつい、
「パパーン」
なんてこと。。。
「そんなことないよ。」
という人が全部だといいのですけど。。。
で、それでも効き目がなくて、もう一回鳴らしたり。。。 ない?
ならいいけど。。。
でも、そんな光景を街で見たりします。(ただ、頻度が非常に低いので救われますが)
「何度も鳴らしたのに無視された!」(初めに云いますが、この行動自体「違法行為」ですよ! 念のため。)
もし、そんな経験をお持ちの方いらしたら。。。
もしかして相手の人は音が聞こえない人かも。
聴きたくても聞こえない人がこの世にはいるということが、多分、免許を持っている全ての人には、まだ理解されていないようです。ちょっと残念。
多数決という考え方を福祉には持ち込めない、ということが、
まだ世の中には徹底していないようで、悲しくなることがあります。
解りやすいのが車イスの人用のエレベータなど。
多数決だったら、車イスで利用する人?って訊いたら、とても少ないパーセントの人しか
「イエス」
と答えません。
でもエレベータを造る。
それが福祉。
そうは云っても、もちろん、私だって知らないことだらけ。
実は自戒も込めて言っています。
ですが、免許を取るって、試験をパスしての結果でしょ?なのに。。。
自動車を造る立場の方々にも、その方面で発想していただけたらな、と思います。
私にはテクノロジーの発想は出せませんが、専門家の方なら生み出してくださってもいいでしょ? たとえば、光で伝えるフラッシュとか、とても低音域のクラクションが通常のものと併せてクルマに載せてあるとか(ろうの人でも、周波数がより低いと、音を伝えることが幾らか可能になってきます。程度の差はありますが)。

ちょっと愚痴になってしまいましたね。
でも、そもそも音で人をどうにかするって、ちょっと礼儀が足らないような気がしますが、これは私だけでしょうか?
だって現に逆の立場だったら?
いやでしょ?
私の尊敬するある人は、そんなクラクションが登場しそうな場面では、
窓を大きく開けて、大きな声で、
「すみませーん。デカイ身体が通りまーす。」
って伝えます。
ちょっと素敵でしょ?
でももし、聞こえない様子でしたら、
そのかたが通るまで、ぜひ待ってください。


筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2005/02/10>
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コントラスト? ようこそ!>

そーとーにうろ覚えですが、2003年は、フィルムカメラを、
デジタルカメラが出荷台数で追い抜いてしまったそうですね。
デジカメもおもちゃみたいな、簡素な造りのものも含めての計算らしいですが。
でも、そんな時代なんですね。

私も(人を描くためという理由があるのは置いたとしても)
カメラというか、撮るのは好きで、
映像機器が進化してゆくのを楽しく見ていました。

出始めの頃は「100万画素」なんてコトバが重かったですねえ。
(今じゃケータイのカメラでもそんなのない。)
ところがいまでは「1000万画素」!
凄い。。。
色々と説があるみたいですけど、2000万画素になると、35ミリフィルムの解像度とだいたい同じ、
だというのを雑誌の記事で読みました。(またまたうろ覚えなので、あんまり信じないで!)
まあでも、最近のはどれも良くなっていて、どれでも不満なく撮れるのではないですか?
コンパクトなカメラでも、普通のL判にプリントする位なら、十分に奇麗ですよね。
でも、(好きなものだから、カメラ屋さんに行ったり、
はたまた、電車の中での会話に耳ダンボだったりで)
気づくのは、
「解像度が良くなくっちゃね!」の画素数主義あるいは支持派。
と、
「陰を拾っているね」のコントラスト主義あるいは支持派。
の二者が見られて、(いや、他にもホントはいるのですが。代表して)
この双方の考え方があるのが面白い。
ちなみに私は欲張りで、両方派。ずるい? でも両方。

一般的には、デジカメを始めて間も無い方々は、画素数派。(身に覚えのあるかたもいますね。)
で、その方々がお仲間と話して、(撮りっこなどして)
だんだんと、コントラスト派が増えてくるようです。
「えー。あなたの写真のほうが良いなあ。わたしのより。
あ、これも良い写真だ。なんでえ? それ、どんなカメラ? 高いの? 何画素?」
で、お友達のカメラが、自分のより画素数が少ないのを知って、困惑するようです。
(電車の中での会話でしばしば見られます。この光景。)
これはカメラ屋さんに云われるままに買ってしまったのかなあ?
「値段が高くて画素数も多い私のカメラより、安くて画素数が少ないあの人のカメラのほうが良い写真が撮れたのが悔しい!!!!」って、湯気立ってるよ。。。
でも、大丈夫!気づいたあなたはきっと写真が上手くなりますよ。
私? ド下手です。謙遜ではなく。

お詳しいかたは読み飛ばしてください。「単位面積(つまりは1画素)当たりに入ってくるエネルギーを利用するしか出来ない」という理屈がついてまわるので、どんなにカメラが進化しても、物理の法則はあいにく変わらないので、解像度とコントラストは相反します。
逆に云えば、どんなにお金をつぎ込んでも、解像度とコントラストの両方を得る事は出来ないわけですね。
結論!これからデジカメデビューするかたは、店頭で、
「撮影サンプルを見せてください。」
とお店の人に言うといいです。(「ダメです。」と言われたら、隣のカメラ店に急ぎましょう。)
そうすると、1番画素が多いカメラが、自分の気に入る写真を撮ってくれる、という訳では無い事が、よく解ります。
画素数だけではないですよ。いやはや。奥が深い。実は私も昔は知らなかったです。(人に教わった)
なので、私が今度はお伝えする番です。
(「コントラスト」そのものはここでは全く説明していません。詳しくお知りになりたいかたは、ぜひ、先輩に聞いてみて。もし先輩も??? でしたら、私でもいいけど。。。)


いつも読んでくださってありがとうございます。これからも、のろまかも。。。ですが続けてゆきます。
筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/06/25>
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この度の不祥事を受けて、責任者を。。。?>

すっかり間をあけてしまいました。スミマセン
さて、ちかごろ特に感じるようになったことを、ちょこっと書きます。

表題のように、ニュースなどで、散見するいわゆる「不祥事」というモノです。

なぜでしょうね。
問題を起こすと、その責任者が辞任、或いは解任、
となるのが世間の習わしのように見えてしまいます。
それで、周りの方々もある程度納得しているようにも見える。
逆に、不祥事、あるいは問題を起こした人が、その職から離れないと、
周りの人達も
「なんであの人は辞めないのかねえ?」
という論調になったりしませんか?

私思うんです。
それは、この世で「責任者」と呼ばれる人達が、
その名前に反して、大きな責任を果たして居ないのだと。
勿論、逆の方も大勢いらっしゃいます。
本来背負うべき範囲を超えて、
問題に対して果敢に取り組む人だっている。

でも、多分、それは世の中の1/2よりは少ない。
だから、「なんで辞めないのかね?」
となるのだと思います。
「責任者」という名前に対して、実際にはご褒美が多すぎるのだと思います。
その種類は、お金に限らず、人脈、名誉、支持、など色々とあるのでしょうが。
それもあるからこそ、
「なんで辞めないのかねえ?」と。。。
そのまわりの反応の意味としては、
「どうしてそんな悪い事して、ご褒美をもらえ続けちゃうのかねえ?」
って、私には聞こえます。

「この不祥事を受け、責任者の辞任時期が16ヶ月、引き伸ばされる決定が取締役会で下されました。。。
では次のニュースです。。。」
いつかはこんな報道を聞けるようになったらいいなあ。
私とは違う「偉い人達」つまり多くに影響を与える決定をすることが出来る人達には今後期待したいです。
時代が進み、世の中はどんどん良くなって欲しい。


いつも読んでくださってありがとうございます。これからも、のろまかも。。。ですが続けてゆきます。
筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/06/25>
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どうしてお別れするの?>

こんにちは。
それなのにさようなら。

こんなに小さな身体。
その身体にとても大きな命。
歳をとれば悲しくない?
いいえ。決してそんなことはありません。
でも、あまりにも速く駆け抜けた命。

こんなにも安らかなお顔でいる。
そのあなたに、
もう少し私が大きな声を掛けたら、
あなたは眼を覚ましてしまいそうです。
ですからそのままじっと見詰めてしまいました。

醜ければ悲しくない?
いいえ。決してそんなことはありません。
でも、あなたがこんなにも奇麗なお顔をしているので、
あなたがこんなにも早く宇宙に還ってしまう、
その理由がどうしても私には解りません。

緩やかなアーチの額。
素直に向きを変える、大人のとはちがう柔らかい髪の毛。
そのおでこにそっと触れて、
触れてしまったら、
堪えていたものが忍耐切れになってしまい、
視界がゆがんでしまいました。
でも最後まで、あなたがとても奇麗なお顔をしていたのは見えていました。
顔を上げ、
大人のよりずっとずっと小さい、
可愛い色使いの、この棺の向こうにある、
遺影のあなたを見ました。

少し困ったような、それでいて、はにかむような、
私の持つ言葉では、とても言い表せない表情をしたあなたは、
私には見通すことのできない遠くを見ていたのですか?

醜い私より、あなたのほうがこの世にいていいとは思わなかったのですか?

あなたがこんなにも奇麗なお顔をしているので、
あなたがこんなにも早く宇宙に還ってしまう、
その理由がどうしても私には解りません。


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筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/05/18>
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そうそう!って誰か言ってくれないかなぁ>
こんにちは。
今回は、私の悩み事につきあってください。
それは、「絵の題名」について。
いろいろな方々に見て戴きたくて、自分のサイトをリンクサイトさんに掲載して戴いたりしていますが、そういったサイトさんのなかで、登録する絵の「題名」を記入する場合があるんです。(どのサイトさんでも、というわけではないですが。)
うーん。題名???
今のところ、というより初めからずーっと現在までの全てで、私は絵の題名を単なるファイル名にしてしまっています。よくないですか?あー。よくないですよね。
悩んぢゃうんですよお。「題名」? あー「題名」!!!
私の好きなショパンも曲名は無いものが多く、プレリュード何番、ポロネーズ何番、みたいな呼び名になっています。だからいいでしょう?私の絵も題名無し(正しくは「無題」と表現するのかな)ということで。なんて思ってしまうのですが、言い訳?
題名を考えると、ほんと考え込んでしまいます。だって「題名」って「文字」ですよ。絵のサムネイル(本来の絵を縮小した見出し用の絵のことです)なら画像編集ソフトでちびこい絵を作って終わりだし、しかもサムネイルは相当小さく作っても、それがどの絵のものだったかは良く解ります。でも題名だと、文字から画像の連想が上手く行くものかどうか?
たいていの絵画展では絵のそばに題名が示されています。私の感覚としては、題名をちゃんと付けてある絵のほうが多いですね。題名は付けなきゃダメなの?
そもそも人の名前は「呼ぶため」という目的を果たすために付けるものですよね。絵の題名はなんのため? 人を呼ぶというのとは、どうも違う意味を込めているようにも思えて。それは「絵だけだと伝わらない意味を添加する」ということかなあ。どういう目的で絵に題名を付けるのでしょうか? 絵に題名を付けない私はきっと「世の中の習わしに従わない失礼な人物」に映るでしょうね。(というより、はっきり失礼なのか?)
この世の多くの絵とその題名とをばらばらに並べて「以下の絵を右欄の適切な名前と線で結べ。」と出題されても、「どれとどれがくっつくの?」というふうになりませんか? どうも人様の付けた絵の題名が絵とマッチしていないことが、時としてあるような気がして。。。それからしても「絵の説明」ではなくて、「絵に説明を加えるため」という説が成り立ちそうな気がする。
私にとっては、絵にふさわしい題名を付けるのは物凄く難しいです。
でも、絵を描かれる皆さんにとっては、なんでもないことなのかなあ。どなたか、簡単で確実で反感を抱かれない名付け方をご存じの御仁はいらはれないですか?
白状します。そして同時に結論。
実は絵に題名を付けたいのです。だれかあああ。助けてえええ。
(ここでクイズ。「彼氏の上着」と名付けてみた絵があるのですが、それはどれでしょうか?)


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筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/04/28>
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日本をスポイルするのはもうやめよう>
こんにちは。
今回は、「年金問題」についてちょこっと。
さて、さっそくですが、結論。年金は消滅するでしょう。そしてもう一つ。定年。これも消滅します。いずれ。いや、或いはもうすでに始まっているのかもしれません。
日本人の平均寿命は延びているそうで、それからすると単純に考えて人生が延びているわけです。さてさて、そこで、その寿命のうち、「元気人生」部分と、「元気じゃ無くなった人生」部分の比率が、一人のひとのなかでどうなっているのか? これを組み合わせて考えなければなりません。
これはとても自慢にはなりませんが、私はあまり身体が丈夫なほうでは無いので、病院やら、病気の話題にどうしても耳ダンボになってしまいます。或いは知人のお見舞いに行ったり。。。やはりそれでストレートに感じるのは、病院で過ごすお年寄りが増えたのでは? という命題です。ただしはっきりとそうなったと云えるのではなく、一方で、元気ばりばりなお年寄りも大勢いらっしゃる。。。さて皆さんはどのようにお感じですか?
私自身の人生を越えてまでは、勿論さかのぼれませんが、かつての日本は、元気なうちはずっと働き、それこそ、「臨終の少し手前までは、あの方お元気だったのにねえ。。。」というのが多かったのではないでしょうか? 対比して現代は?
医療に限らず、あらゆる技術において、現代は、おそらく50年位前からずっと、指数関数的に進化して来ました。そのため、人が生きてゆく様々な局面で、人間が直接関与する場面や量が減ってしまっていると思います。それは人間の能力が衰えたからではないのに! 全ての人が、本来発揮できる能力をお休みさせてしまって、そうして実は生きている。そうは思いませんか? これは今のところ一部の人かもしれませんが、「定年過ぎても働きたい」あるいは「死ぬ直前まで給料をもらいたい」と、そういう考えをお持ちのバリバリ元気人は確実にいます。せっかくのそういった情熱もこの国では今一つ活かされない現実があり、一方、まだまだ残業の仕方が足りないぞと、ハッパを掛け続けられる寝不足で過労の現役労働者がいます。
少しは睡眠を増やしたい、労働時間の削減を望む人と、一方かつてのように現場に立ち続けたい、労働時間の提供を望む人の双方が居るのに、その交換がなされていないこの国が、このままでいいとは、一億二千万の人が等しく思うでしょうか?
年金は「積み立てるもの」とかつては表現していた政府も、現実を隠さなくなり(ある意味進化したのでしょうか?)、年金は「他の人を助ける保険」つまり、「納めたなりに戻してもらえる」ものではなく、「必ず納めて、場合によっては受け取ることもできる」ものだと、実態を伝えるようになりました。なので、保険だという実態を知る人は、いずれ「大多数」になってきます。
繰り返しになりますが、労働を増やしたい人と減らしたい人とが同じフィールドに立っているのです。その隔たりが、いつまでも開いたままで構わない、とはとても云えません。きっと変わってゆくと思います。働ける人が働けるだけの量働き、どうしても働けない人は、その人達に支えられる。。。そういう理想になって欲しいです。いや、きっとなるでしょう。「若いときに納め、現役を年齢で区切って、そしてその先は受け取る側。」という制度は、体を成さなくなると思います。
きっと変わってゆきます。というより、変わらなければこの日本を建て直すことは出来ないでしょう。年齢で労働を区切るのは、もう実験の時代を終えました。かつての佳き日本の時代に戻せば良いだけです。「働けるよ!」という人が、納める側にまわることが出来るんです。納める人口が減って行くと云われている現在ですが、納める側が増えて、受け取る側が減るというのは不可能ではないと私は思うのですが、あなたはどうお感じになりますか?


いつも読んでくださってありがとうございます。これからも、のろまかも。。。ですが続けてゆきます。
筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/03/31>
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Blue Whaleってね。>
こんにちは。
私の屋号(シロナガスクジラの家)のお話。一部の人には意味が知られちゃってますが、今回は別な面で。。。
Blue Whaleって、英語ですよね。で、あらかじめ断ると、インターネットの世界が英語(米国アルファベット)でデータのやり取りをするようなので、それに対応できたらいいのかな?っていうのがまずありました。もちろん、日本の皆さんにいっぱい観て戴きたいですが、欲を云えばもっと広がったらイイナ、というのも正直なところです。ですので、オペレーティングシステムが日本語でない方にも伝わるように、屋号を英語にしたのです。
で、これを決めながら気づいたのですが、「あぁ、日本と英語圏とでは、やはり違いがあるのかあ。」と。
たとえば、「紅茶」って、「red tea」とは云わないじゃないですか。でも、それは捉え方の差異なので、それはそれで文化なんだなあ、って楽しめますよね。同様にBlue Whaleも「差があるんだなあ。」って、ちょっと嬉しくなります。
色の「気づき」って、たいていは、「常識、周り、さっき、馴染み、、、」などから変わってゆく、(あるいは変わってきた)「対比、コントラスト」としてあるものですよね。例えば「うわああ!大丈夫? 昨日も徹夜って云ってたけど、まだ、本調子じゃないんでしょ? 顔が青いよぉ。休憩取ったら。。。」なんてときに云う「青い」ですけど、実際に顔を青く塗れば解りますが(絵の上でね)、本当に青い顔なんてないですよね。顔の色味で、青の反対色のオレンジ色、つまり私たちの顔のベース色が薄れるから、その対比として青い顔に感じるわけです。それを「青いみたいだよ。」と云うのですね。
日本人は「海が青い」って捉えているのでしょうか? シロナガスクジラって「白」なんですよね?名前に込めたものは。(もし間違っていたらどなたかお教えください。勘違いだとイヤ。。。本で調べると「白」って漢字が当てられているので、一応解釈は合っていると思うのです。)クジラが、海の深みから身体を徐々に海面に近づけ、姿を次第に見せると、その身体に反射する光のせいで、青い海のなかでクジラが「白く見えてくる。」って。で、それに対して英語圏の方々は「海は黒い」って捉えているんじゃないのかなあ。クジラが姿を現しても、胴体の白色までは感じ取らず、「青」というように(つまり、通常見える「真っ黒」な海に、違う色がなにやら見えてきた!というのを「青」に)捉えたんじゃないのかなあ。
上手く説明できないのですが、日本人は、青のなかに白を見て、英語圏の方々は、黒のなかに青を見たのではないのかな?と思うんです。
日本語が達者な英語圏生まれの方がこれをお読みになっていらしたら、ゼヒ教えてください!
もちろん日本人の方も、「こんな解釈どう?」というのがあれば、聞かせてくださいね。


いつも読んでくださってありがとうございます。これからも、のろまかも、ですが続けてゆきます。
筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/03/12>
ここをクリックすると、項目一覧まで、一気に戻ります。





どーしても云いたい>
こんにちは。
あらためまして。

まず、ご訪問くださいまして、心より感謝申し上げます。月並みですが。。。
なにしろ、私のような人間にとって、まず見て戴くのが第一に必要です。見て戴かなくてはどうしようもありません。なので、お目をお通しくださっただけでも私にとっては物凄いことなのです。
サイトを2003年の3月7日に開設しました。これを書いている今現在で、もうすぐ一年を迎えるところです。お陰様で、訪問が19000をちょびっと越えました。とても信じられません。秀逸なイラストを描かれていらっしゃる先輩方は、一日にそれはそれは物凄い訪問数を重ねているのを見ています。もちろん、私のサイトでそんな風にはいかないのは想像していましたし、凄い方と比べてもそれは無理があること。でも、一年でこれほど見てくださる方がいらして、本当に感謝の極みです。
以前、メールで、「こうしたほうがいいよ。」と、アドバイスをくださった方がいらして、その方は身分を明かさないのに関わらず、実に親身なアドバイスをくださいました。しかも内容が的確で。(絶対に凄い絵描きさんなんだ。これ読んでくださってるかなあ。)この場でもお礼申し上げます。ありがとうございました。

もしよろしければ、あなたも感想をお寄せくださいませんか。自分では分からないことが多すぎます。あなたから「こう感じる」と伝えられたら、また新たな切り口で悩むことができます。「人の力を借りるな!」とお叱りの言葉をくださる方もいらっしゃるかもですね。
でも、インターネットのこの世界も、もうすでに「パソコン使い」の人々だけの物ではなく、すっかり一般社会のコミュニティーとほぼクロスオーバーしていますよね。(ネット利用者の年齢、性別、地位、その他?構成比率は、恐らく一般社会とのズレは縮小していると思います。勝手な想像ですが。)私は、助けたり、助けてもらったりしたいです。
私も、好きな作風(絵に限りません)をお持ちの方には、厚かましくも感想など送ってしまうことがあります。あなたも、どうか気楽に言葉を寄せてください。待っていますヨ。

本日最後に繰り返しですが。。。
来てくださってありがとう。


筆ならぬ、キーボードを静かに置いた日<2004/03/01>
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パステルイラストを雅尚が描きます